【夢、彼方】
某アニメのお医者さんと僧侶のお話。
ソウスズ・現代転生
辺鄙な土地のファミレスで働いています。
疲れた顔の店長代理と明るく賢いフロアリーダーの一幕。
【夢、彼方】
「……っていう、夢だったんだあ」
鈴が鳴るような可愛らしい声を響かせながら、ありふれたデザインのパイプ椅子に行儀よく腰掛けながら、夜勤のフロア担当である彼が頓狂な夢の話を楽しげに語っている。手元には来月のシフト表とスマートフォン、それから今時珍しい紙の給料明細が並べられていた。
「はあ……。今の話を要約しますと我々は、かの有名な新選組の替え玉となり京を騒がす鬼退治に奔走していたと」
「そうそう! フロアのサクちゃん居るじゃない? あの子そっくりの見た目で、それで剣の腕がピカイチの子が土方歳三さんの替え玉だったりね」
「それが本当なら、私は何故このような万年人手不足なファミレスで店長代理などという仕事をしているのです?」
自分の前世が華々しく正義を語る侍であったなら……正確には侍そのものではなく替え玉であり本来は医者として生命と向き合う者だったわけだが、しかしそうであったのなら今世でももう少し高尚な仕事に就いていても良いのではないか。
誤解を招いてしまいそうな思考だが、毎日のように欠員や人件費と睨めっこをし「店長代理」などと役職名だけついてもアルバイトの時給より少しばかり色がつく程度の収入である今の状況から現実逃避をしたいだけで、飲食業を下に見ているわけではない。
「あの頃はさ、店長が僕のために電気ビリビリ~な錫杖を作ってくれたりしたよ」
「店長『代理』なのです」
左目を負傷して治療中である店長の代わりをしているだけで、この立ち位置のままで居るつもりがないため彼の言葉はしっかりと訂正しておかねば。その意図に気付いているのか居ないのか、それ以上の会話を広げることなく、彼が小さな欠伸をひとつ。
地毛にしては暫し派手な紫の髪色を隠すことなく後頭部でお団子ヘアにして一括り、おっとりとした口調で動作は丁寧な上でテキパキとこなしてくれる営業の軸として頼り切っているフロアリーダーである彼は、この店の要と言っても差し支えがない。
昨日も深夜までシフトを入れてしまったし、今日も夜の十一時を過ぎれば彼と私の二人だけで店を回すことになる。無理をさせていることは分かっていても甘やかし方は分からずに、こうして休憩時間の合間に他愛のない話に付き合うことしか出来ぬことに無力さを感じている。
「あの頃は、」
「……はい」
「薬品とか人体の研究をしている、たのしそーな後ろ姿を見ていて『変な人』って思うこともあってね。……うん、今も楽しいけど、あの頃も楽しかったなあって」
何処まで行っても僕の傍にはいつも。言葉を繋げながら、手持無沙汰なのか給料明細の端っこを指先で少し丸めてみては戻していた彼が「あっ」と、小さく声を漏らして、言い過ぎたと言うように言葉が急に途切れてしまった。
言葉の続きを促そうかと一瞬考えたが、それも野暮ではないかと無言のまま発注処理のためにタブレットへ視線を向ける。彼は彼で、夢の話はもうおしまいだと机上に広げていた私物を一つずつ丁寧にパイプ椅子に掛けていたショルダーバッグへ仕舞い始めた。
「さ、夜も頑張ろうかなっ」
「頼りにしているのです。貴方が居ないと深夜営業回りませんので」
「そうだよね~。店長……代理もキッチン慣れてないのに、お疲れ様」
労いの言葉に「ふふふ……」と、覇気なく笑って首を振れば、束ねてある長髪が揺れた。髪を伸ばす理由は特になく、ただ切るタイミングがなくこのままだったはずだが、何故だか急に「願掛け」をしていたような、そんな気持ちになってくる。
いつかの日に、もう一度巡り合うことが叶うならば、その時に自分を見つけられるよう髪型を変えずに居た。……などと少しばかり年下の彼が話す、やけにリアルな夢の話に引っ張られる形で可笑しな気持ちになってしまっただけだろう。
仕事ばかりで脳が疲れているのだろうか。あまり頭が働かないため発注も進まずにいる間に、彼が立ち上がりユニフォームの座りジワを直し、タイムカードの時間を確認しているようだった。もうそんな時間かと、憂鬱な気持ちになっていれば。
「じゃ、先に行くね。ソーゲンちゃん」
「ええ。スズラン殿」
後ろ姿に自分の名前ではない誰かの名前を呼ばれ、その名は違和感なく己の体に染み込んだ。そうして、こちらも彼の名前ではない誰かの名前を返す。思い出せないけれど、愛しい気持ちを込めて大切に呼んでいた名前。
この懐かしさは何だろうと振り返った先には彼の気配は扉の向こうに消えていて、残り香が微かに薫ってくるだけ。……私は何を、忘れているのだろうかと。
終